血管が弱いって知らなかったのよ

血管が弱いとは知らずに生きてきて、ある日突然大動脈瘤で危険と知る。そこからのいろんなオハナシ。

2月に起こった謎の痛み

ブログを書こうと、これまでに起こったことを思い出していて、気づいた。

2014年の2月に、謎の痛みがあったことを。

 

あれは、会社のランチタイムに入った時のこと。

時は2月14日、バレンタインだ。

百貨店の菓子売り場が戦場状態となる、あの日だ。

そんなこととは、まったく関係なく、

今日のランチは久々にとんかつにしよう!

と、友人と待ち合わせをした。

 

早めに会社を出て、ちょっと百貨店でも覗いちゃおうかなと思い、駅に向かってうきうきと歩いていた。

会社から100メートルほど歩いたところで、”プチッ”という音とともに、自分の腰から背中の下あたりまで、上に向かって稲妻的(ストッキングが伝線するときのような流れで)痛みが走った。

その瞬間、

あ、背中がつってしまったのかな?

と思った。

痛いけれど、待ち合わせもあるしと、そのまま歩いて駅のほうに歩いていったが、背中がどんどん痛くなる。

これって何かやばいやつなのか?どうなのか?(泣)

ついに、交差点で動けなくなり、しゃがんでしまう。

 

今の時代は世知辛い。

誰ひとりとして、「大丈夫ですか」という声掛けもしないのだ。

私は声をかけよう。そうしよう。

話しは戻るが、しばらくじっとしていると、痛みは少し落ち着いた。

やばい感じがするから外食はやめて会社に戻ろう。そうしよう。

心の声にしたがって、友人にキャンセルのLINEを入れ、休み休みで会社に戻った。

 

自分の席に戻ると、痛みもだいぶ治まってきて、

背中つっただけだったかも。心配しすぎたな。

なんて考える余裕すら出てきた。

 

この日以降、同じような痛みが3回ほどあった。

でも、ちょっと休むと痛みは落ち着いて、そのうち痛みが治ってしまうので、

痛みの頻度が上がってきたら、あるいは仕事が落ち着いた頃に、時間作って病院にでも行っておこうかな。

なんて呑気に思っていた。

そして、痛みが治まったりするものだから、すっかり忘れていた。

 

後にわかるが、これが血管が切れた最初の出来事だったのだ。

幸か不幸か、うまいこと傷口が抑えられて破裂に至らずにいたのだ。

 

そんなこと、知るはずもない。

だって、まさか血管が弱いなんて知らなかったのだから。

それから、半年後に緊急入院するなんて、知る由もないのだから。

 

(つづく)

あれは2014年の夏だった

あれは、2014年の夏だった。

元気に暮らしていた梅雨明けして間もない夏の日。

自宅の近くにある小さいクリニックの先生が、おへそのあたりの拍動が気になるといって、エコーをやったものの確定に至らず。

動脈瘤があるかもしれないと。

「え?痛くも痒くもないんですけど?」

大学病院に紹介状を書いてもらって、病院に行き、循環器内科でCTなどの詳しい検査を受けた。

その時に外来を担当していた先生は多忙らしく、しばらく外来の担当はできないっていうので、1か月後の7月の終わりに結果を聞きに来てくださいと。

動脈瘤かもしれないと言われてきたんだけど、1か月先とか、案外放置してても大丈夫なものなのかな?破裂とかの危険性はないのかしら?

なんて思ってはみたものの、先生が言うんだから大丈夫かとお気楽。

言われたとおりに7月の終わりに病院に結果を聞きに行く。

循環器内科の先生いわく、

血管外科の先生が写真を見て、すごく大きな大動脈瘤があるということだから、血管外科に明日の予約を入れておくので受診してください。

え?大きな大動脈瘤があるのに明日なのね?なんて、微妙な気持ちもあれど、翌日改めて病院に来ることに。
(ワタシの心の声:二日連続で病院に来るのは大変。仕事がぁ~(泣))

翌日、血管外科を受診するべく病院へ。受付を済ませて待っていると、9時過ぎに呼ばれた。お、今日は早いじゃん~。

診察室に入ると、

今から入院してもらいます。12センチあるから。いつ破裂してもおかしくないので。

え?今から入院って?心構えなんて微塵もないのに?

(つづく)